amrskJPNのメモ帳[作詞作曲]

あおむらさき(amrskJPN)による作詞作曲と音楽に関するメモ帳です

詞に責任を負う

こんばんはamrskJPN(あおむらさき)です。
今回は「詞に責任を負う」ということについて考えたいと思います。

作詞者と詞と声のあいだ
私は自分の声をVocalとしてツール化しているため「詞に責任を負う」
ということについて何となく思うところがあります。
プロでもアマチュアでも作詞者と詞と声のあいだにはそれぞれ
距離があり――どのくらい近いか/遠いか――それが個性となって
耳に届く(詞は目にも入る)ものだと感じます。
私自身が「作詞者=(近)詞=(遠)声」のシンガーソングライター型
であるためその形式における距離を考えたいと思います。
(「考える」といっても雑感をふらふら述べただけです)

LoveSongを歌える人はすごい
いきなり何やねん(笑)
MaleでもFemaleでも自作曲できちんとLoveSongが作れる人は
プロやなと思います。アマチュアであっても冷静にプロというか。
なおかつご自身でVocalを録音されている方がいちばん好きです。
その詞の内容が作詞者(ご本人)にとってどのような距離が
あったとしても「声」が責任を負う以上『徹底してStoryTeller
である』か『自分自身上等(どういう意味??)である』かの姿勢を
問われるからです。私は「上等だバカヤロー!!」という気概を
おだやかに漂わせるタイプのSSWに惹かれるのですが・・・

YouTubeで聴いていて心にぱっと色を放ったフレーズを引用させて
いただきたいのですが・・・それはご迷惑なのでぼんやりと。

ex.1 FemaleVocal(遠)詞=(近)声
詞の遠近は本来分からないものなのであくまで「印象」です。
たぶんStoryTellerなのかもしれませんがそれをうまく近く
ささやくように恋を歌っていらっしゃる。LoveStoryを詞として
作れる時点で竹内まりや的な。かろやかな美人曲。うらやましす!!

ex.2 MaleVocal(遠)詞=(中)声
もしかしたら詞は近いのかもしれない・・・!?なんて妄想
したくなるNewWaveSong。それ歌っちゃっていいの!?っていう。
端整な声で狂った詞世界をととのえて歌うバランスのよさがプロ。
Male×Sadisticな詞はわりとある(?)中Male×Masochisticは超レア。
素晴らしいです。そんなつもりはなくておそらく映像を言語化した
すごく遠いタイプの詞だとは思いますが・・・

ex.3 MaleVocal(遠)詞=(遠)声
風のような声で風のように愛を歌う。勝手な印象ですがとても
遠く感じます。でも「はっぴいえんど」的なスノッブさはない
(好きな人ごめんなさい!!)・・・詞は直球で「好き」と
歌っているのに遠く聴こえるのはそれこそが個性やなと思います。
「NOT"Snob"」ってとても重要だと思うので素敵です。

ぼんやりすぎて何を書いているのか分かりません。
どんな世界観および距離であれLoveSongを作ってご自身の声で
歌っていらっしゃるのはすごいと思うのです。

またLoveSongが作れなかった(まとめ)
私はFemaleVocal(近)詞=(遠)声ゆえ『徹底してStoryTeller
である』ことができません。また今までの曲を振り返って自分の
Vocalを聴いてみても「好きだよ」が想像つかないなあ・・・
そのくらい声に関しては遠く(どの曲の詞に対しても距離がある)
詞に関しては(自分自身に)近すぎる・・・

今思ったのが「声」が詞の(自分自身に対しての)距離を
決定する側面もあるよねってことです。マインド(こうあろうと
する精神)がいちばん影響することは変わらないのですが、
この微妙なもッさり声であるからこそStoryを歌えないっていう。
中毒性のあるCute★Girly★Voiceの持ち主なら虚構の世界をメイク
する方へ流れるだろうし。ZARDナチュラルVoiceならやはり
発声しているときにどう持っていくか気づいているだろうし。

好きな服(ファッションテイスト)と似合う服は違うというか。
好きな世界観と似合う(映える)世界観は異なる人もいる。
「声」が詞に責任を負う――詞だけではなくて大きく「世界観」に
影響を及ぼすよなあ・・・いくらいろいろ加工できるとはいえ
「自分の声」って(ある意味制限をもたらすとも言えますが)
面白いツールだなあと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございますm(__)m