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amrskJPNのメモ帳

あおむらさき(amrskJPN)による作詞作曲と音楽に関するメモ帳です

詞を書き写す作業

こんばんはamrskJPN(あおむらさき)です。
いろいろと作詞について考えているとき、ふと昔作成した
詞を書き写す用」6穴リングノート(A5)の存在を思い出しました。
10代のころは相当暇だったのか相当エネルギーがあり余っていたのか
(勉強に部活にたぶん忙しかったはず・・・)
とにかく「文字を書く」ことが好きで、手帳サイズのファイル2冊と
色とりどりの6穴用紙を用意して詞を書き写していました。
(「ラルク用」と「それ以外用」に分けていました)

詞だけではなく(自分なりに詞からイメージしたとてつもなく下手で
恥ずかしい)イラストを添えたり、詞のイメージでシールやキラキラ
グリッターのりや修正液(をホワイトとして使用する)や雑誌の切り抜き
・・・あらゆるものを駆使してデコデコしたそのファイルは
10代から22歳くらい(大学生くらいまでやっていた!)までの自分が
ぎゅっと凝縮されているような気がして(筆跡も変わっている)
ものすごく恥ずかしいのですがなかなか捨てられません(笑)

年齢を重ねるにつれて「それ以外」が増え(洋楽も頑張って書き写した)
「自分も世界が広がったなあ~~~」などと浸っていたものです。
CDケースからブックレットを取り出すことが面倒だったので
(CDに合わせてラルクを熱唱する超ありがちな女子中学生でした)
始めたことなのですがなかなかこれが面白い。当時そろそろ曲作りも
やっていたので表現に対して(超!)意識的で意欲的なわけです。

「おっ今回の新曲はきみどり色の紙に赤いペンで書こう」
「イラストは幾何学模様のイメージ(定規を使って線を引く!)」

A5の小さな小さな紙に一生懸命詞を書き写してデコる・・・
どれだけの時間を費やしていたのでしょうか(涙)もうちょっとお勉強するか
友人(だったのだろうか)と積極的に遊ぶ方がよかったかもしれません。
あともっと胸キュンな青春を・・・・・・
(自分ではどうにもならない部分もありますが・・・)
まあ手はその作業をしつつCDで音楽を聴いてインプットをしているわけ
ですから、そんなに無駄な時間ではなかったように思います。
今やなかなかCDをじっくり聴くということは(たとえ時間があっても)
気分的に難しいところがありますから。

こうして見返してみると(すべてのラルクの詞を書き写してはいない)
「この曲が自分は好きだったんだな」とか他のアーティスト
(後期SUPERCARの詞は特に好きでした)のいろんな曲がちりばめられて
いて面白い。

一時期ミュージシャンとしての藤木直人片瀬那奈が大好きで、CDを
買ったりTSUTAYAで借りたりしてはせっせと写していました。
ご存じ俳優・女優として見目うるわしい2人ですが音楽もよいのです!
藤木直人の声はそう広くウケるものではないかもしれませんが、とにかく
謎の人脈の豪華さでした。寺岡呼人シライシ紗トリ黒沢健一・・・
POPで毒のあるギターサウンドが声によく合っていました。
片瀬那奈の声はavexサウンドにぴったり!オリジナル曲もおしゃれですが
Wink中森明菜のCoverもとてもよかったのです(編曲にはCMJKも)
・・・おっと脱線しました!

このようにいろいろな「好き」と「気になる」を重ねて重ねて作成する
ファイルはその「詞を書き写す」という作業においてまず「詞を眺める」
という時間を作り出してくれます。そんなに分析的にことばを読み込んだり
意味を考えたりはしませんでしたが(なんとなく格好良いなあとかキレイ
な表現やなあ・・・と思う程度)それだけでも(音を聴きながら)
何かしらの詞に対する意識を向上させてくれたように思います。
今でも見返すとその量に圧倒されますが、もはや「文字を書く」という
ことすらも少し遠くなっている身としてはボケ防止に(涙)また
始めてみようかなあ(もちろんIDLMs.の詞!)と思ったり・・・

「老いる(エネルギーの総量が減る)」ってこういうことなのかなあ
(これだけのエネルギーが私にはあったのだなあ)と2冊のファイルを
見て思います(もっとやっている人もいたかもしれませんが)
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

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実例紹介9「ポップ・カルチャー」

こんばんはamrskJPN(あおむらさき)です。
今回は「ポップ・カルチャー」という曲の話をします。

自分のことばから離れて
私は小説が読めないため(読書自体もほとんどしない・・・)
たまに新書や一般向け社会学の本を読む程度のインプットです。
そんな中『ポップ・カルチャー』/宮台真司松沢呉一(1999年)
という超☆刺激的なサブカルチャーと社会批評の本をかなり昔に
読んでどうしても忘れられない内容がありました。

社会学者である宮台氏を全面的に支持することはちょっと
できないのですが(笑)「おっこれはよいことをおっしゃる!」
と思ったことを覚えています。
そのことを詞にしてみようと思ったのです。

www.youtube.com「ポップ・カルチャー」/amrskJPN

世紀末のなつかしい響き
原色ポップキッチュな雑貨店
「性が薄い性に疎いやつ」
「別にそれはそれでいいけど」
「サブカルを支えている」
「サブカルを支えている」
「何となく個人的には」
「気にくわない気がするんです」

ポップ・カルチャー
ポップ・カルチャー
ポップ・カルチャー
ポップ・カルチャー

世紀末の社会学者は憂えている
世紀末の社会学者は憂えている
今はどう
今はどう

ポップ・カルチャー
ポップ・カルチャー
ポップ・カルチャー
ポップ・カルチャー

1990年代後半は何故か泣けてくる
この本自体が1999年に出版されたものなので(新聞の連載を
まとめたもの)内容の世紀末感に泣けてきます・・・
「原色ポップキッチュな雑貨店」は個人的に90年代後半の
カラフルヘンテコでCUTEなものがあふれていた感じを
表したことばとして出てきました。
私自身は広義のサブカル※にハマるにはちょっとまだまだ(?)
な思春期でしたので(地上波にオリコンのメインストリームっ子
でした)たまに雑誌などで垣間見て「こういう世界もあるのか」
というお勉強感覚でいた気がします。

※この本での「サブカル」はいわゆるアニメなど
(今や完全に日本を代表するカルチャーとなったもの)を指して
おり、そのオタク的な世界に性がどうとかを言及していることに
当時の面白さを感じています。

のちにいろいろとお勉強するようになり(しかしいろいろと
疑問も持ちつつ!)「90年代後半って面白いなあ」と今でも
思います。詞ができあがって曲をつけるときに「私の中の90年代
邦楽ロック風を印象のみで音にする」というアイディアが
ありました。本当にふわっとした印象のみです。
(好きじゃない人たちが多いのであまり聴いていない)

97年世代の空気はつかめない
SUPERCARは(インタビューなどの文以外は)比較的好き
だったので後追いでCDを聴いていました。まったく何にも参考に
できていませんが(涙)くるりも参考にしようとしてできて
いません。完全に妄想上の「90年代邦楽ロック風」です。
彼らも同上[(インタビューなどの文以外は)比較的好き]
でした(こういう人をあまり見たことがないのが不思議です)

それが熱い支持を得るのでしょうが(もちろん素敵な音を
作っていたと今は思います)「この人たち損してるなあ」
「売って格好良いことやってるのが格好良い」と私は私で
思春期病を発症していたので好きになれませんでした(笑)
そんなモヤモヤも含めてこの曲はいろいろと変な詞に変な曲に
私の変な主張!がミックスできてなかなかうまくいったような
気がしています。

2020年代に向けて
今はどうでしょう・・・
多様化の中の二極化(つまりサブカル界も一般社会も同じ)という
厳しく荒涼とした世界が広がっていると思います(遠い目)
その内容はまだ私には辛すぎて詞にできません。

以上で実例紹介9「ポップ・カルチャー」を終わります。
ここまでお読みくださってありがとうございます。